宗教的理由による輸血拒否に関するガイドライン

はじめに

健和会大手町病院は「患者の権利章典」で以下のように定めている。
1. 個人の尊厳
2. 無差別・平等・安全な医療を受ける権利
3. 知る権利・学習する権利
4. 自己決定権
5. プライバシーの権利
6. 治験や臨床研究に参加・協力・拒否・中止を求める権利
このうち「自己決定権」では、患者は、十分な説明と情報提供を受けたうえで、自己の自由な意思に基づいて、治療を受け、選択し、拒否する権利がある、と定めている。

本ガイドラインは当院における「エホバの証人」信者が宗教的理由により輸血を拒否する場合の治療に関し、最善の対応を図ることを目的とする。本ガイドライン中、 患者の年齢については、15歳未満、15歳以上18歳未満、18歳以上、に分け、医療に関する判断能力と親権者の態度に応じた対応を整理した。 18歳は児童福祉法第4条の「児童」の定義の規定、15歳は民法797条の代諾養子縁組の承諾の要否の規定および民法961条の遺言能力の規定、 「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針による臓器提供意思を斟酌して定めた。
親権停止については、民法第834条の2の親権停止の規定および同法第47条の児童相談所長の親権代行権限の規定などを考慮して定めた。

用語

絶対的無輸血:患者の意思を尊重し、たとえいかなる事態になっても輸血をしないという立場・考え方。

相対的無輸血:患者の意思を尊重して可能な限り無輸血に努力するが、「輸血以外に救命手段がない」事態に至ったときには輸血をするという立場・考え方。

患者の意思:輸血に関する患者の意思は、患者本人の告知または教団発行の「医療上の指示」証書(緊急時のためにエホバの証人が携帯)、「身元証明書」(緊急時のためにエホバの証人を親に持つ子供が携帯)、「医療に関する継続的委任状」、自筆の「事前指示書」もしくは「免責証明書」、または患者が自己の意思を事前に明示しているその他の文書を患者が保持しているか、または提出するか否かによって確認する→これらの文書を総称して以下「事前指示書」と記載する。

自己判断能力:15歳以上で意識清明であれば「自己判断能力あり」とみなす。15歳以上で意識がない場合でも上記の「事前指示書」の携行があれば「自己判断能力あり」とみなす。15歳未満は「自己判断能力なし」とみなす。なお、自己判断能力に疑義がある場合、医師2名を含む医療従事者3名でそれを判断するものとする。手術中であれば、医師2名は術者と麻酔科医とする。

代諾者(親権者を含む):患者が男子18歳以上・女子16歳以上かつ婚姻の場合は、配偶者>両親・成人の子供などの親族(>は優先順位)。患者が18歳未満かつ未婚の場合は親権者となる。

親権の職務代行者:基本的には児童相談所所長に代行を求めるが、超緊急の場合は病院長に報告し病院の判断で輸血する。

基本原則

1. 本ガイドラインを適用して治療を行う場合には、絶対的無輸血・相対的無輸血のどちらの場合も事前に病院長に文書で報告する。

2. 輸血について患者及び代諾者または親権者に対し十分に説明をした上で(参照①)患者が輸血拒否した場合には、患者の自己決定権を尊重する。妊婦に関しても、同様に本人の意思を尊重する。

3. 入院患者は入院時の問診において看護師が宗教について確認しカルテ上に記録する。自己判断能力がないと考えられる場合は、患者本人が携帯している教団発行の書類あるいはそれに準ずる自筆書類(参照②)をカルテ上に取り込む。外来患者(救急外来を含む)は輸血療法が必要になった場合(可能性がある場合も含む)に主治医あるいは看護師が宗教について確認しカルテ上に記録する。

4. 自己判断能力がある場合には本人の意思表示のみで絶対的無輸血で対応する。この場合事前指示文書の携帯は問わない。自己判断能力がない場合でも、事前指示文書を身に着けていた場合、持ち物に入っていた場合、救急隊が現場で発見した場合は本人の意思を尊重し絶対的無輸血で対応する。以前のカルテなどで「エホバの証人」信者であることが疑わしい場合でも、本人に自己判断能力がなく事前指示書の携帯もない場合は、相対的無輸血で対応する。家族からの情報提供がある場合は、患者本人の自筆書類(参照②)がある場合のみが採用される。口頭での情報提供は採用されない。

5. 15歳以上18歳未満については親権者の同意が前提となるが、判断能力を有すると考えられる以上、宗教的信条を親族権が超えることはできないと考え原則として成人と同様に扱う。15歳未満は自己判断能力がないものとして全例相対的無輸血で対応する。18歳未満に関しては親権者の宗教的信条により子供の生命に危険が生じる場合は相対的無輸血で対応する(参照③)。患者と親権者の意思が不一致の場合は慎重に対応する。

6. 患者の自己判断能力に疑義がある場合(意識障害、認知症など)は、医師2名以上(手術中は術者と麻酔科医)を含む医療従事者3名により判断する。

7. 侵襲的な治療を行う時は、原則として当院発行の「輸血療法拒否確認・免責に関する同意書」(以下免責書)か輸血同意書が必須となる。これらの書類は同一疾患に対し複数の手技を必要とする場合は(例えば内視鏡による切除が不可で外科切除へ変更した場合など)、3か月以内であれば有効とする。3か月以内に患者本人の意思変更があればその都度申告してもらわなければならないがこのことは本人に必ず伝える。変更した時は改めて免責書あるいは輸血同意書の取得が必要となる。

8. 絶対的無輸血で治療を行う場合には当院発行の免責書、相対的無輸血で治療を行う場合には輸血同意書が必要である。各書類については患者本人、カルテ上、医療安全委員会、輸血委員会で保存し、守秘義務を遵守する。免責書を取得した場合は、使用可能な血液製剤について患者本人(あるいは代諾者/親権者)と検討する(参照④⑤)。

9. 18歳未満で時間的余裕がなく、輸血に対し親権者の同意が得られない場合は、児童相談所(24時間対応)に直接連絡し児童相談所所長に親権代行者を依頼するが、その余裕もなければ児童相談所に連絡した上で救命のために病院長の判断で輸血する。

10. 患者本人・代諾者または親権者に対して行った説明、確認した事項、各書類、治療方針などを明確に記録に残す。

11. 主治医または治療を担当する医師は、本ガイドラインに従って決定される治療内容が自らの価値観に反しており、それが耐え難いと感じる場合、他の医師と交代することができる。

12. 解決困難な事態が生じた場合は、病院長と医療安全委員会に報告し支援を求める。2名以上(手術中は術者と麻酔科医)の医師を含む医療従事者3名で輸血の有無を含む治療方針を協議し経緯を報告する。病院長は倫理委員会に意見を求めたのち治療方針の可否を判断して主治医または担当医に通知する。 時間的余裕がない場合は病院長の判断に従う(24時間対応可能)。夜間帯や休診体制時に問題が生じた場合はICU当直医や管理師長、病院長などと協議する。通常診療日に医療安全委員会に報告する。

13. 本ガイドラインに従って対応した以上は、判断に携わった医師や医療関係者に責任はなく病院が責任を負うものとする。

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